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アンスコム江莉奈(以下、アンスコム) いよいよ、大阪・関西万博(EXPO 2025)が開幕しました。今回のポッドキャストでは、『WIRED』日本版エディター・アット・ラージの小谷知也さんと、デジタル副編集長の瀧本大輔さんと一緒に、編集部おすすめのパビリオンを紹介していきたいと思います。瀧本さんは4月9日の大阪・関西万博メディアデーから戻ってきたばかりですね。
瀧本大輔(以下、瀧本) そうですね。正直、1日では足りなかったです。どれほど歩いたかiPhoneでチェックしたら、14kmくらいは歩いていたみたいなんですけど。
アンスコム そんなに! でも、確かに1日では足りないですね。万博についてさまざまな意見がありますが、実際に行ってみると、まだまだ知らない国や取り組みがたくさんある......と、わたしはワクワクしました。小谷さんはどうでしたか?
小谷知也(以下、小谷) ぼくは4月3日に開催されたシグネチャーパビリオンの合同記者会見に行って、メディアアーティスト/研究者の落合陽一さんが手がけた「null²(ヌルヌル)」、ロボット研究者・石黒浩さんの「いのちの未来」、データサイエンティスト・宮田裕章さんの「Better Co-Being」、アニメーション監督/メカニックデザイナー/ビジョンクリエイター・河森正治さんの「いのちめぐる冒険」を見てきました。
もちろん、1970年の高度経済成長期に実施した大阪万博とは比べようもない状況だとは思うのだけれど、ものづくりの時代から情報の時代にもなって久しい時代において未来をリハーサルするという意味では、世界観や価値観を提示してくれていたと思います。
前回は「これから未来が大きく動いていくんだな」とワクワクしながら「待っていた」時代の万博だったと思うけれど、今回は受け身ではなく、自分たちの手で大きく社会を動かしたり、変革できるようなテクノロジーや仕組みが存在している時代に行なわれる万博。
アイデアさえあれば、みずから行動して未来をつくれる側になれる。WIREDは常にそのシグナルをひろってきたわけだけれど、今回のシグネチャーパビリオンには、社会を動かしたり変革できるアイデアというかシグナルが、いろいろあったなという印象かな。
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アンスコム なかでも特におすすめしたいシグネチャーパビリオンはどれでしたか?
小谷 SNSでも注目されているけれど、落合さんの「null²」は絶対行ったほうがいいと思う。落合さんに当初から“ぬるっとした建築”を建てたいというビジョンがあって、でも、既存の技術や素材ではできないから、それをつくるところから始めたと言っていました。アサインされてからオープンまで5年の期間があったから、素材からつくれる時間があったと。あと印象的だったのが、「美術館や博物館で見ればいいものではなく、『万博でしかつくれないもの』をやることが、万博でいちばん重要なこと」だと言っていた点。
見方によっては壮大な無駄に思われてしまうのかもしれないけれど、それでも未来の世界観を見せて、見た人がそこから何かを読み取って、何かしらの行動変容やアイデアを生み出せるきっかけを提示していたという意味で、すごかったと思います。
アンスコム まるで生き物のようで、とても印象的な外観でした。建物の中では、どんなことができるんですか?
小谷 なかは天地と前後左右が鏡面で、本当にイマーシブだった。かつ、自分のアバターと対話できる仕掛けになっていて。アバターにいろいろなことをやってもらい、自分は別の仕事をやる......みたいなことって、SF的な想像力だけではなく、ほぼくるだろうと言われている未来じゃないですか。
そういうものをいち早く体験することで、自分のアバターにどんな権利があるのかとか、財産を分与できるのかとか、そういうところまで想像力が働くし、実際に自分のアバターと対面することで、心がどういうふうに“ざわつく”のかとか、まさに未来のリハーサルをさせてくれる場になっていると思いました。
瀧本 壮大で、昼に見てもすごかったけど、夕方とか夜に「大屋根リング」から見ると、これまたすごくきれいでした。
アンスコム そうでしたね! ほかに、未来のリハーサルをさせてくれるシグネチャーパビリオンとしては、どれがおすすめですか?
小谷 石黒さんの「いのちの未来」かな。「サイバネティックアバター」って言い方もするけれど、例えば意識ははっきりしている一方で四肢に不自由がある方がボディに入って活動できる未来や、人間そっくりのアンドロイドと共生していく未来とか......これもおそらく生きている間に来るはずのもので、そういうときに自分がどんな感情になるのか、心持ちのリハーサルができるという意味では、ほかではえがたい体験だなと思いました。
その社会がやってくるなら、足りないものは何だろうとか、事前にどういうものをサービスとして用意すればいいんだろうとか、いろいろ考えさせられますよね。
アンスコム 確かに、アンドロイドのような存在と共生しているようなシーンと、最後にはそれをさらに超越した幻想的な世界もあって、印象に残っています。瀧本さんは、どのパビリオンがよかったですか?
瀧本 いちばん印象に残ったのはNTTパビリオンですね。Perfumeを空間伝送するというチャレンジで、それが何かというと、人が動いている様子を点群データで取得して、それを別の場所で再現するということなんです。今回はほぼ等身大のものを3Dで、しかもリアルタイムに再現するという実験に立ち合うことができました[編註:パビリオンでは記録した映像を用いて再現]。これはすごい体験でしたね。軽い偏光グラスをかけて観ると、本当に目の前でパフォーマンスしているような感じなんです。
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小谷 今後、インタラクティブなこともできる可能性はあるの?
瀧本 その可能性はあると思います。Apple Vision Proなんかをかけると、本当に別の空間にいるような体験もできるわけですが、デバイスは進化した一方で、まだそのインフラは進化していないじゃないですか? そこが間違いなく進化して、あれだけのデータをリアルタイムに送れるようになると証明して見せたのは、本当にすごいことだと思いましたね。
パビリオン内はそれだけではなくて、通信の歴史の展示もありました。それこそ手紙や電信の機械、あとは黒電話やポケベルとか。いまは黒電話を見たことのない人も多いと思いますし、昔の通信機器を見れるのはおもしろい体験かもしれません。
アンスコム 歴史から未来まで体感できるんですね。ほかはどうですか?
瀧本 大阪ヘルスケアパビリオンもよかったです。ステーキ培養肉の展示がありました。採取した牛の細胞を培養して、それを3Dプリンターで出力するんです。出力したものをステーキのように大きくしていくという。要は、それぐらいの培養肉をつくれるようになったということです。以前は爪サイズで数千万というレベルでしたが、いまでは赤身からサシまできれいに入る。ほかではなかなか見られない体験だと思います。
小谷 食べられるの?
瀧本 まだ食品とみなされていないので、残念ながら食べられないんですよ。テレビで焼いているシーンを見ていたら、本当に和牛みたいな香りがしたって言ってましたけどね。
アンスコム おぉ。ヘルスケアパビリオンでは、例えば未来の自分に会えるような展示もあるようですし、楽しい体験が盛りだくさんのようですね。
瀧本 そうなんですよ。自分の身体のさまざまなデータを測定して、そのデータを見れるだけでなく、自分の25年後のアバターもつくれるんです。ほかにも、心筋シートの実物もありました。
「パソナグループパビリオン」では、心筋シートを使ったミニ心臓も展示されていましたよ。3cmくらいで、本当に脈を打っているんです。iPS細胞によって医療の未来が変わっていくことを目の当たりにできるという意味では、すごく価値のある展示だと思いました。
アンスコム これはもう、絶対に1日じゃ足りないですね(笑)。
小谷 3日でも足りないかもね。
瀧本 国別のパビリオンだけで、150以上ですからね。
小谷 ちなみにアメリカパビリオンは、また月の石を持ってきているんだよね?
瀧本 それも見たいですね。アメリカパビリオンでは、ロケットの打ち上げも体験できると聞きました。そういえば今回、日本館には火星の石もあるんですよね。
アンスコム 石がいっぱい(笑)。ちなみに『WIRED』日本版はスイスパビリオンのメディアパートナーを務めていて、最新号「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」の取材時にも触れたスイスのイノベーション精神の片鱗を、パビリオンでも感じましたよ。
建築家のマニュエル・ヘルツさんが、「目の前にある課題に対して、どんなソリューションを打ち出していくかを提示するのも万博の役割のひとつだ」と言っていました。例えば、持続可能な開発という課題があるなかで、今回スイスパビリオンが打ち出したのは、最小のエコロジカルフットプリントを意識した「最軽量のパビリオン」。特殊な膜素材を使用し、加圧して膨らませた球体が、シャボン玉のように空に浮かんでいくような外観で、全部で約400kgほどだそうです。
小谷 軽いね。軽自動車くらい?
瀧本 軽自動車よりも軽いですね。
アンスコム すべてリサイクルできる素材で、閉幕後には日本で再利用する予定のようです。中に入ると未来予測の展示があって、これには最新号にも登場するGESDAという科学外交財団がかかわっています。
いろんな科学者たちを集めて、最新のテクノロジーがわたしたちの生活をどう変えていくかを予測する研究をしているんですが、スクリーンの前に立ち、例えば「誰のための未来を考えたいか」「どんなテーマが気になるか」とか、「5年後、10年後、25年後、どの未来のことが知りたいか」を選択していくと、その未来のビジョンが表示されていき、さまざまな未来の可能性が積み重なっていくような表現になっています。
背景には、「未来はひとつではなく、みんなでそれぞれビジョンを構築していくことが大切だ」というメッセージがあり、WIREDの思いにも通じるなと。あと、期間中に展示が3回変わるんです。いまは「人間拡張」がテーマですが、このあと「生命」「地球」と題した展示になるので、ぜひ何度か訪れてみてほしいです。あと、ハイジ・カフェというルーフトップバーもありますよ。
瀧本 あれね、外からみて素敵だなって思った。
アンスコム 球体の一部が窓になっていて、開くとすごく気持ちがいいんです。タイミングがあえば、ハイジにも会えるかも(笑)
小谷 改めて考えると、スイスの人材輩出力はすごいよね。国土は九州より少し大きくて、人口は大阪府より少し少ないくらい。それでも次々といいスタートアップが出てくるわけだし。
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アンスコム そうですよね。あとは「軽さ」つながりでいうと、BLUE OCEAN DOMEもおすすめです。海洋資源の持続的活用とか生態系保護がテーマに掲げられていて、建築プロデューサーは坂茂さん、展示プロデューサーは原研哉さんが務めています。ドームが3つあって、竹の集成材や紙管、そしてCFRP(カーボンファイバー強化プラスッチック)が使われています。主構造にカーボンファイバーを用いたドーム建築は世界初で、材料としては鉄の5分の1の軽さなのに、強度は4倍だそうです。こちらも、閉幕後はモルディブに移設されます。
特に坂さんのコメントが心に残りました。もともと万博は新しい未来の実験場というところに意味があったわけなんですけど、ハノーバー万博を最後に、形だけのパビリオンが目立ってきて、実験場という側面が少なくなってきているように感じる、と。そういうなかで今回、新しい構造が提案された。万博を訪れる際にはぜひ、各パビリオンの構造にも注目していただきたいですね。
瀧本 なるほどね。いろいろ行きたくなると思うし、これから日差しが気になるだろうけど、意外と休憩する場所はいっぱいあるから、ゆっくり回れるといいよね。そういえば、リングの下って、ちょうどいい日陰になるんですよ。風がさっと抜けていくし、涼しくなる。夏のすごく暑い時期に万博に行く予定がある方は、リングの下で休憩するとよさそうです。
小谷 確かにリングが外周なわけだから、どこにいても最短の休憩地になるね。
瀧本 そうなんです。柱の番号を見れば、目的地にたどり着きやすいようにもなっているし、すごくいい仕組みだなと思いました。
アンスコム 休憩も大事ですね。真ん中には静けさの森がありますし、その一角に、宮田さんの「Better Co-Being」もある。
小谷 そうだね。あとは、いろんな評判があるけど、ミャクミャクが意外とかわいいなと思った(笑)。立体造形で見ると、いよいよかわいいというか、いいデザインだなと。
瀧本 ぼくも同じ感想ですね。立体で見ると「あれ、かわいいな」って(笑)
小谷 実はフィギュア買っちゃいました。
瀧本 一緒に行ったライターさんも人形を買って帰ってましたよ。ミャクミャクとサンリオキャラクターズのコラボもあったし、それ以外にも結構あるみたい。
小谷 あと、ミャクペ!があって、いまウォレットに入ってる(笑)。
アンスコム 限定デザインは確かに惹かれますね(笑)。メディアデーでは回りきれない場所もありましたし、引き続きWIRED.jpで情報発信していければと思います。リスナーの皆さんもぜひ足を運んでいただき、それぞれの視点で未来を体感してみてはいかがでしょうか。
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