F1(Formula 1)のレースを観戦したことがあるなら、マシンが出す音の大きさをよく知っているだろう。F1マシンのエンジン音は最大で140デシベルに達する。まるで打ち上げ花火の真横に立っているような轟音だ。
20発の花火が同時に打ち上げられたように、20台のマシンが時速200マイル(時速320km)で目の前を走り抜けていく。衝撃波が空気を切り裂き、胸の奥まで響き渡る。全身の感覚を揺さぶるような体験。これこそ、F1の真髄だ。
レゴが昨年F1と提携し、「スピードチャンピオンズ」シリーズで全10チームのマシンとドライバーをレゴ化したのは、この全身で体験するF1の魅力を伝えるためだった。今年は、それをさらに発展させ、実物大のレゴカーが制作されたのだ。
レゴ製F1マシン
5月2日から4日(米国時間)に開催されたマイアミグランプリの最終日。マクラーレン、メルセデス、レッドブル、フェラーリなどに所属するドライバー20名が、レゴで再現された自チームのF1マシンに乗ってドライバーズパレードに登場し、観客の前に姿を見せた。
このプロジェクトは大掛かりなものだった。26人のレゴ技術者が、2万2,000時間もかけてレゴ製のF1マシンをつくり上げたのである。そしてこの実現には、すべてのF1チームの全面的な協力が欠かせなかった。
各F1チームは知的財産(IP)の面で全面的に提供し、レゴで精密な再現をすることを認めてくれたと、レゴデザイナーのマルセル・スタストニーは語る。「非常に良好な協力体制を築くことができました」。技術面以上に、設計情報を厳重に管理しているF1チームの協力を得られたこと自体が大きな成果だった。
サーキットでお披露目されるまで、これらのマシンはフロリダ州マイアミのハードロック・スタジアムの西側広場にある「レゴ・ガレージ」で展示されていた。わたしはそのうちのひとつであるマクラーレンのレゴカーに触れる機会を得た。このクルマは、子どもたちが買える標準的な家庭用のレゴブロックとまったく同じものでつくられており、レゴ特有の頑丈に組める精密な構造が活かされている。
乗ってみた感触は、まさに「ブロックのようにしっかりしている」といった感じだった。重量は3,000ポンド(約1,360kg)を超えるのだから、それも当然である。
寄りかかっても手で叩いてもびくともしない。とはいえ、蹴ろうとしたら誰かに止められていただろう。細部も驚くほど忠実に再現されている。V6エンジンは搭載されていないし(実際、どのクルマも最高速度は時速19kmほど)、ドラッグリダクションシステム(DRS)もおそらく機能しない。だが、本物のF1用ピレリタイヤがレゴ製のホイールハブに取り付けられていた。
細部へのこだわり
F1の熱烈なファンでレゴのアンバサダーでもある「GirlBricksALot」ことニコールも、この点に同意している。「スプーン状のサイドミラーから、上部のカメラマウント用のタイル、さらには“チーズスロープ”のレゴパーツ(三角形のパーツ)で再現されたフロントウィングに至るまで、すべて本物そっくりなんです」と彼女は語る。「どのパーツを見ても、惚れ惚れする完成度です」
レゴが、この分野の製品の実物大モデルを制作したのは今回が初めてではない。2018年には実際に走行可能な実物大のブガッティのスポーツカーを同じく高い再現度で制作している。このモデルには、「レゴ テクニック」(ロッドやギア、アクセルなどを使って複雑な構造を組める、レゴのエンジニアリング向けシリーズ)が用いられた。
昨年は、マクラーレンのドライバーであるランド・ノリスが「レゴ テクニック McLaren P1」に乗ってシルバーストーンのコースを走ってみせた。とはいえ、今回のように8カ月で本格的かつ走行可能な実物大のマシンを10台も作り上げるというのは別次元の挑戦である。
もちろん、これらはすべて巧みなマーケティング施策の一環でもある。レゴは、今回見せた細部へのこだわりが、30ドルで購入し自宅で楽しめるレゴセットにも反映されていることを約束している。そしてそれは、普段はなかなか間近で見ることのできないF1マシンを、ファンにとってぐっと身近な存在にするものだ。
F1をもっと身近なスポーツに
Netflixのドキュメンタリーシリーズ『Formula 1: 栄光のグランプリ』のように、レゴの「スピードチャンピオンズ」シリーズは、これまで長い間多くの人にとって中身が見えにくく、近づきにくかったF1というスポーツへの“入り口”の役割を果たしている。幼いころからファンだったというニコールも、その壁を感じていたと語る。
「(子どものころ)F1の情報を追いかけるには、記事やYouTubeの短い動画を見るくらいしか方法がありませんでした」とニコールは振り返る。「レースを観ることも難しかったのです。ドライバーとしてこのスポーツにかかわることはほとんど不可能なくらい難しく、実際に観戦するのも非常に高額でした」
いまでは、F1というスポーツはそれほど遠い存在ではない。わたしにとって現地で驚いたことがいくつかあった。もともと富裕層向けのスポーツであるものの、楽しむには意外なほど体力が必要だったのだ。入場ゲートから席まで1万1,000歩も歩いたり、炎天下のなかじっと座っていたり、長蛇の列に並ぶのを避けた結果、チョコソースのかかったアイスだけで8時間しのいだりしなければならないこともある。
とはいえ、もうひとつ驚いたのは、そこにいた誰もが心からその場を楽しんでいたことだ(もちろんアルコールもたくさん提供されていたが、それとは関係なく観客は楽しんでいた)。クルマやウィングの形をしたおかしな帽子をかぶった人が想像以上に多く、クルマが通過するたびにコーナーにかかる橋が振動して歓声を上げる子どもたちの姿もあった。また、練習走行中に雨が降り始めたとき、わたしは傘の下に避難した。だが、ふと見ると観客たちはコーナーに集まり、水族館のシャチのショーのように大きな水しぶきを上げて通過するクルマに歓声を上げていた。
F1にもレゴにも、それぞれ長い歴史と熱心なファン層が存在する。そして、ドライバーズパレードの光景を見れば、どちらも純粋に“楽しさ”を提供するものであることは明白だった。
7歳の息子には、試合の観戦に必要な炎天下での滞在や長時間の歩行はまだ厳しいかもしれない(40代のわたしですらギリギリだった)。それでも彼はいま、6つ目のF1マシンのレゴセットをつくり始めている。注目されている10代の天才ドライバー、アンドレア・キミ・アントネッリは息子のレゴカーとそっくりのマシンに乗り、パレードに参加していた。本当にすごいことだと思った。
(Originally published on wired.com, translated by Nozomi Okuma, edited by Mamiko Nakano)
※『WIRED』によるレゴの関連記事はこちら。
雑誌『WIRED』日本版 VOL.56
「Quantumpedia:その先の量子コンピューター」
従来の古典コンピューターが、「人間が設計した論理と回路」によって【計算を定義する】ものだとすれば、量子コンピューターは、「自然そのものがもつ情報処理のリズム」──複数の可能性がゆらぐように共存し、それらが干渉し、もつれ合いながら、最適な解へと収束していく流れ──に乗ることで、【計算を引き出す】アプローチと捉えることができる。言い換えるなら、自然の深層に刻まれた無数の可能態と、われら人類との“結び目”になりうる存在。それが、量子コンピューターだ。そんな量子コンピューターは、これからの社会に、文化に、産業に、いかなる変革をもたらすのだろうか? 来たるべき「2030年代(クオンタム・エイジ)」に向けた必読の「量子技術百科(クオンタムペディア)」!詳細はこちら。